第十一章

 アウランガーバード(エローラ・アジャンタ)

 「ジュリアとの出会い、楽しすぎた3日間」

□ インド人お宅訪問 大歓迎に唖然

 デカン高原の田舎町、アウランガバードでの日々は過ぎていった。 

 ジュリアのことを吹っ切るために予約したデリー行きのエアチケット。 とうとう、と言うより、やっとその出発日がきていた。

 離陸時間は午後5時過ぎ。 ホテルのチェックアウトから暫くの余裕がある。

 名残惜しいような甘酸っぱいような、思い出の詰まったホテルを後にした。
 思えば隣のこの部屋にジュリアが泊まってたんだよな…。 部屋の入り口を振り返ってバイバイ、ジュリアと言ってみる。

 飛行機の時間までどこかでのんびりしていようかとも思ったが、ホテルのレストランで朝食をとっていると、偶然にもリクシャのおっちゃんに出くわした。
 思えばこのおっちゃん、アウランガバードに居る間はことに世話になった。 一日たった200Rs(約500円)という低料金で、毎日色々な場所に連れて行ってもらった。
 俺はその度に、少しづつだけ元気を取り戻していけたような気がする。

「おはよう。 おっちゃん、飛行機の時間までまだあるよ」
「そうか、じゃあちょいと出かけるかい?」
「いいね」

 俺は荷物をホテルに預けて、おっちゃんのリクシャに乗り込んだ。
 もうこのすさまじい振動と排気ガスには慣れっこになっていた。

 おっちゃんお勧めのダルク寺院は、世辞にも”素晴らしい”と言えるようなものではなかったが、貧しい集落に囲まれた真ん中にあり、その村落を歩く間に、そこに住む人々の生活を見ることができた。

 共同井戸で水をくみ、庭で洗濯をし、子供達が元気に走り回り…。 時間が、まさにのんびりと流れていた。

 観光地なんかより、こんな光景を見る為に一人で旅行に来たんだよな、と思った。

 ダルク寺院の隣にある、村落を見渡せる小山に登った。 途中、遊びに来ているのであろう、地元の若い女の子達にピーナツを貰って食べた。 嬉いことに名前を聞かれた(インドで異姓に名前を聞くことは”あなたを気に入りました”という合図)。

 おっちゃんが 「俺の家に来ないか?チャイをご馳走するよ」 と言ってくれた。
 聞くところによると、今日はヒンドゥー教の聖なる日で、インドの建国記念日でもあるのだそうだ。
 俺はもちろん、喜んでお邪魔させていただくことにした。

 子供が大勢いることは聞いてたので、ちょっとしたおみやげを用意し、おっちゃんのリクシャで自宅に向かった。

 今にも崩れそうな、小さな家々が集まった集合住宅地区のような所だ。 随分と貧しそうな地区にも見えたが、おっちゃん曰く、インドではまだマシなほう、なのだそうだ。

 家、というか土壁の小さな建物といったおっちゃんの自宅。 入ってみて思わず目を疑った。

 子供が8人と奥さんが2人! さらに母親に、妹とその子供も一緒に暮らしている。 家は4畳ほどの小さな部屋が2つだけ。 しかも一つはキッチンだというのだから、一体全体ここでどうやって生活しているのだ?!

 そこに俺がノコノコと案内されて入ったために、一家はもう大パニック!

 「日本人が来たぁ!」 といった具合に、上へ下への大騒ぎになってしまった。
 おっちゃんは「お前ら、掃除せぇー!」といった感じで子供達に号令をかけると、上は小学校高学年くらい、下は幼稚園生くらいの子供達が大慌てで掃除を始めた。

 子守役の子供はまだ赤ん坊の子供を抱えて走り回る。

「まあ、そんなに気を遣わなくても…」

 あまりの慌てようにこっちが恐縮してしまう。 狭い家の中で唯一あるベッドを、パンパンと埃をはたく。 あなたははここに座りなさい、と言われるままにに腰を下ろした。

 ベッドに腰掛けた俺を囲むように、おっちゃんは子供達全員を床に座らせた。 子供達はおっちゃんの言うことにとても素直だ。

 全員の視線が一斉に集まる。
 この片田舎の集落には、日本人など来たことはないのだろう。 どうもこの狭い空間で、こうも一斉に見られると緊張してしまう。
 仕方なく無理に笑ってみせた。

 一人だけ高いベッドに座っているので、どうにも落ち着かずに床に座ろうとしたが、おっちゃんが「お前はここに座っていなさい」と慌てて止めた。

 おっちゃんは家族を俺に紹介してくれ、そしてわざわざ子供に買ってこさせたチャイを持ってきてくれた。
 甘い!庶民のチャイはこんなにも甘いものなのか。 ほどんど砂糖をそのまま飲んでいるような感じだ。

 さらに、ヒンドゥーの聖日の儀式に参加させてもらった。
 俺もまた、お母さんに、額に赤い紋章と白米、腕に飾りをつけてもい、さらにこれまた甘いお菓子をご馳走になった。
 お母さん、つまりおっちゃんの母親は、英語が出来ないので会話こそ出来なかったが、笑顔を絶やさず俺を迎えてくれた。

 少しなごんできたところを見計らい、俺はバッグから折り紙を取り出した。

 これはこんな時のためにわざわざ日本から持ってきたものだ。
 興味津々に注目する子供達の前で、ちょっと緊張気味に折り紙を折りだす。

 飛行機に小鳥、カメラなどを折ったが、特にカメラがウケが良かった。 子供達も必死に真似して折ろうとするのだが、なかなか上手くいかないようで、教えてあげたり、代わりに折ってあげたりした。

 そのころにはもう、俺は子供達と同じように床に座っていた。 おっちゃんは何度か止めたが俺は気にしなかった。
 おっちゃんは、子供達が「もう一個作って!」と俺にせがむのを注意して、俺を困らせないようにすごく気を遣ってくれた。

 もっと子供達と遊んでいたかったのだが、飛行機の時間も迫ってきていた。

 俺は、もう使わないと思った、虫除けスプレー、蚊取り線香と線香の入れ物、小物入れ、ライターとペンを子供達にあげた。

 外に出て驚いたことに、近所中の人々であろうか、家の前に大勢の人たちが集まって来ていた。
 おっちゃんは「どうだ、俺は日本人を連れてきたんだぞ!」と言わんばかりに鼻高々だ。

 家の前で子供達と一緒に写真を撮り、子供達一人一人にお別れを言った。

 お母さんに「ありがとう、また来ます」と言うと、笑って手を握り、その手にキスをしてくれた。
 

 名残惜しい気持ちのまま、俺はおっちゃんのリクシャに乗り、ホテルで荷物を引き上げると空港に向かった。

 一本の滑走路らしき道にプレハブ小屋だけの空港で、俺はデリーに向かう飛行機に乗り込んだ。

 ジュリアの事も、もう良い思いだ、と思えるまでになっていた。

 素晴らしい思い出をいっぱいくれたアウランガバード。 またきっとこの地に戻ることがあるだろうと確信し、飛び立つ飛行機の中から、夕闇迫る外の景色を眺めていた。 

 

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