幹事クリタのコーカイ日誌2008

[ 前日翌日最新今月 ]


 
8月9日 ● 北京五輪開会式の見方。

 五輪の開会式は回を重ねるごとに凝りに凝ったショー化への道を歩んできていて、参加国・地域の増加による選手入場のダラダラも伴ってやたらと長い式典になってきました。昨晩の開会式も4時間余り。最初と最後は見ましたが、途中は適当に流してしまいました。

 この開会式を政治的なプロパガンダとして捉えるのと、興行的なエンターテイメントとして捉えるのとではかなり印象が変わってくると思います。政治的なプロパガンダとして見た場合には、ナチスが行った1936年のベルリン五輪と比較したくなるような「濃い」開会式でした。

 冒頭の北朝鮮チックなマスゲーム、中国が支配している各民族の衣装を着た子どもたちの登場、聖火リレーを巻物式に振り返るクライマックスなど、至るところに中国という国の政治的な濃度の高さが感じられました。ブッシュ、サルコジ、フクダなどの各国首脳の顔を見ていると、ますますこのショーが政治的なイベントであることを思い知らされ、これではテロの標的になるのも当然かと思ってしまいます。

 ただ、そこに敢えて目を閉じて、あくまでもエンターテイメントとして見た場合、これはなかなか良くできたショーでした。アクション映画の監督であるチャン・イーモウが総合演出を担当しただけあって、人の「動き」の美しさにこだわった絵を作ろうとしていると思いましたし、さらにそれを後ろから支えるような圧倒的な花火のボリュームもまた中国らしさを表現していました。

 特に花火は会場だけではなく、北京の街の至るところ、そして万里の長城でまで打ち上げられていて、よくぞここまで仕掛けることができたものだと感心しました。と言うか、あれは本当に花火ですか?足跡の花火なんてCGみたいにキレイだったんですけど。さらにその花火に負けないくらい「でかい」聖火台も印象的です。あれだけの大きな聖火を大会中ずっと燃やし続けるなんて「エコ」とは全く関係ない思いっきりの良さです。

 トータルに見て、政治的過ぎることも含めて、いかにも今の中国を象徴しているような開会式だったと思います。これはこれでひとつの解答なんだろうと思いますが、できたらこれからの五輪開会式は「あれもこれも」と欲張るのではなく、もう少し洗練と薄味さが欲しいところです。政治色が薄くなるであろう次回ロンドン五輪開会式に期待しましょう、って、もう4年後の話かい。